FFPE組織からRNA解析は可能? 凍結組織との比較から分かる遺伝子発現解析の可能性
病理学やがん研究、創薬研究では、ホルマリン固定・パラフィン包埋(FFPE)組織が広く利用されています。 FFPE組織は、組織の形態を保存しやすく、病理標本として保管できるという利点があります。 一方で、ホルマリン固定によってRNAが化学的な影響を受けるため、遺伝子発現解析への利用には課題がありました。 では、FFPE組織から抽出したRNAでも、DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析は可能なのでしょうか? 今回は、米国LAXCO社が公開したアプリケーションノート第6号をもとに、ラット・マウスのFFPE組織と凍結組織を比較した遺伝子発現解析の研究事例をご紹介します。 FFPE組織とは? FFPEは、Formalin-Fixed Paraffin-Embeddedの略称で、日本語では「ホルマリン固定・パラフィン包埋」と呼ばれます。 採取した組織をホルマリンで固定し、パラフィンに包埋することで、薄い組織切片を作製して顕微鏡観察に利用できます。 病理学研究では一般的な試料調製方法ですが、遺伝子発現解析では注意が必要です。 ホルマリン固定によってRNAなどの生体分子が化学的な修飾や架橋の影響を受けるため、RNAの抽出効率や解析品質が低下する可能性があります。 そのため、遺伝子発現解析では凍結組織が使用されることも多くあります。 しかし、既に保存されているFFPE組織から遺伝子発現情報を取得できれば、研究に利用できる試料の幅が広がります。 今回の研究の目的 今回の研究では、FFPE組織からRNAを抽出・増幅する方法を利用し、DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析が可能かどうかを検討しています。 研究者は、FFPE組織と凍結組織の両方からRNAを抽出し、遺伝子発現解析の結果を比較しました。 対象となった組織は以下のとおりです。 動物 組織 ラット 脳、精巣 マウス 脳、卵巣 ラットにはSprague Dawley系統、マウスにはC57/Bl系統が使用されました。 組織を採取した後、原則として同じ組織を分割し、一方をFFPE試料、もう一方を凍結試料として調製しています。卵巣は分割せずに処理されています。 このように、保存方法の異なる試料を比較することで、FFPE処理が遺伝子発現解析に与える影響を調べました。 実験方法①:FFPE組織と凍結組織を作製 FFPE試料では、組織を10%中性緩衝ホルマリンで固定した後、脱水・透徹・パラフィン浸透を行い、パラフィンブロックを作製しました。 その後、厚さ7 µmの組織切片を作製しています。 一方、凍結試料では、組織をOCTコンパウンドに包埋して凍結し、厚さ8 µmの切片を作製しました。 FFPE組織と凍結組織では試料の調製方法が異なるため、RNA抽出方法もそれぞれに適したものを使用しています。 実験方法②:RNAの抽出と品質評価 FFPE組織からのRNA抽出には、Arcturus社のParadise Reagent Systemが使用されました。 凍結組織からのRNA抽出には、PicoPure RNA Isolation Kitが使用されています。 いずれも、染色した組織切片から約1 cm²の組織領域をスクレーピングによって採取し、RNAを抽出しました。 抽出したRNAについては、以下の装置で評価しています。 ・NanoDrop ND-1000:RNA量の測定 ・Agilent 2100 Bioanalyzer:RNA品質の評価 この段階では、FFPE組織から得られたRNAが、遺伝子発現解析に使用できるかどうかを確認しています。 実験結果①:FFPE組織からRNAを回収できた アプリケーションノートでは、FFPE組織と凍結組織の両方からRNAが回収できたことが報告されています。 以下は、資料に掲載されたRNA回収量の一例です。 試料 FFPE組織 凍結組織 ラット脳(005) 172.7 ng 40.92 ng ラット精巣(005) 396.0 ng 212.3 ng マウス脳(007) 167.2 ng 95.2 ng マウス卵巣(007) 398.2 ng 136.4 ng 出典:LAXCO Application Note #6、Table 1 今回の実験では、FFPE組織からもRNAを回収でき、後の増幅工程に利用できました。 ただし、FFPE組織の方が回収量が多かったことは、RNA品質が優れていることを意味しません。 資料では、FFPE組織と凍結組織でRNA抽出方法が異なることが、回収量の違いに影響していると説明されています。 実験結果②:FFPE組織のRNA品質には違いがある RNA品質の評価では、FFPE組織と凍結組織の間に違いが認められました。 凍結組織では、18Sおよび28SリボソームRNAに対応するピークが明瞭に確認されています。 一方、FFPE組織では、固定処理の影響を反映したRNAプロファイルが観察されました。 つまり、FFPE組織からRNAを回収できても、凍結組織と同じ品質であるとは限りません。 そのため、FFPE由来RNAを遺伝子発現解析に利用する際には、抽出方法に加えて、増幅方法の選択も重要になります。 実験方法③:RNAを増幅してDNAマイクロアレイで解析 研究では、抽出したRNAをParadise Reagent Systemによって増幅しました。 増幅工程に使用したRNA量は、FFPE試料では5 ng、凍結試料では1 ngです。 その後、Affymetrix社のGeneChip IVT Labeling Kitを使用して、ビオチン標識した増幅RNA(aRNA)を調製しました。 得られた標識aRNAをAffymetrix社のDNAマイクロアレイにハイブリダイズし、遺伝子発現を測定しています。 使用されたマイクロアレイは、以下の製品です。 ・GeneChip Mouse Genome 430 2.0 Array ・GeneChip Rat Genome 230 2.0 Array DNAマイクロアレイは、多数の遺伝子の発現を一度に調べるための技術です。 今回の研究では、この方法を用いて、FFPE組織と凍結組織の遺伝子発現データを比較しました。 実験結果③:FFPE組織と凍結組織で高い相関が認められた 今回の研究で特に注目したいのは、FFPE組織と凍結組織から得られた遺伝子発現データの比較結果です。 ラットの脳および精巣について、両試料の遺伝子発現シグナルを比較したところ、以下の相関係数が報告されています。 試料 相関係数(r) ラット脳 005 0.923 ラット脳 006 0.906 ラット精巣 005 0.929 ラット精巣 006 0.939 出典:LAXCO Application Note #6、Figure 2a 相関係数が1に近いほど、2つの測定結果の傾向がよく一致していることを意味します。 今回の結果では、FFPE組織と凍結組織の遺伝子発現シグナルに強い相関が認められました。 さらに、ラットおよびマウスの組織について、発現差の大きい30種類のプローブセットを比較したところ、FFPE組織と凍結組織で遺伝子発現比に高い一致傾向が見られました。 この結果は、適切なRNA抽出・増幅方法を使用することで、FFPE組織からも生物学的に意味のある遺伝子発現情報を取得できる可能性を示しています。 ただし、すべての遺伝子で完全に一致することを示したものではありません。 FFPE組織の遺伝子発現解析はどのような研究に役立つのか? FFPE組織から遺伝子発現情報を取得できれば、さまざまな研究への応用が考えられます。 がん研究 保存された腫瘍組織を利用して、遺伝子発現の特徴を調べる研究が考えられます。 病理学研究 組織の形態学的な特徴と遺伝子発現情報を関連付ける研究に役立つ可能性があります。 創薬・毒性研究 動物実験で保存された組織を再解析し、薬剤投与による分子レベルの変化を調べる研究が考えられます。 過去の保存試料の再利用 既に保管されているFFPE組織を、追加の分子解析に利用できる可能性があります。 なお、これらは本研究結果から考えられる応用分野であり、今回の資料で各用途の性能が直接検証されたわけではありません。 Accuva Cellectによるレーザーマイクロダイセクションとの関係 FFPE組織を遺伝子発現解析に利用する際には、組織全体ではなく、目的の細胞や領域だけを回収したい場合があります。 例えば、腫瘍組織には、がん細胞だけでなく、線維芽細胞や免疫細胞など、さまざまな細胞が混在しています。 組織全体からRNAを抽出すると、複数の細胞集団に由来する遺伝子発現情報が混ざってしまいます。 そこで利用が考えられるのが、レーザーマイクロダイセクション(Laser Capture Microdissection:LCM)です。 LCMは、顕微鏡で観察した組織切片から、目的の細胞や組織領域を選択的に回収する技術です。 米国LAXCO社のAccuva Cellectは、このような細胞・組織領域の選択的回収に使用するLCMシステムです。 FFPE組織から目的領域を回収し、その後のRNA解析につなげる研究ワークフローへの応用が考えられます。 ただし、今回ご紹介したアプリケーションノートでは、RNA抽出前の組織採取にスクレーピング法が使用されています。Accuva Cellectによるレーザー回収を直接検証した実験ではありません。 LCMで回収した少量試料からのRNA抽出・増幅については、試料量、RNA品質、使用試薬などに応じた個別の検証が必要です。 まとめ 今回の研究では、ラットおよびマウスのFFPE組織からRNAを抽出・増幅し、DNAマイクロアレイによって遺伝子発現を解析しました。 その結果、FFPE組織と凍結組織から得られた遺伝子発現データの間に、高い一致傾向が認められました。 この研究は、FFPE組織が形態観察だけでなく、遺伝子発現解析のための研究試料としても利用できる可能性を示しています。 また、組織中の特定の細胞や領域に注目した解析を行う場合には、LCMによる選択的回収との組み合わせも検討できます。 株式会社インミディアムでは、米国LAXCO社のレーザーマイクロダイセクションシステム「Accuva Cellect」を取り扱っています。 FFPE組織や凍結組織からの目的細胞・組織領域の回収、LCM装置の新規導入、既存装置からの更新をご検討の研究者の皆様は、お気軽にお問い合わせください。 製品名:Accuva Cellect 製造元:LAXCO, Inc.(米国) 日本国内取扱い:株式会社インミディアム ホームページ:https://www.inmediam.com 参考資料 LAXCO, Inc. A Novel Process for Gene Expression Profiling of Rat and Mouse Tissues from Formalin-Fixed Paraffin-Embedded Sections Using Microarrays. Application Note #6. ※本記事はLAXCO社のアプリケーションノートに基づいて作成しています。研究結果は記載された試料・実験条件におけるものであり、すべてのFFPE試料で同等の結果が得られることを保証するものではありません。 ※Accuva Cellectは研究用機器です。
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