三十周年記念<br>五蘊会に向けて
室町時代に成立して以来、現代まで650年以上にわたり演じられ続けてきた、能。その魅力は? 初心者が楽しむには? 喜多流の能楽師、友枝雄人(ともえだたけひと)さんに伺いました。 写真/鍋島徳恭 文/清水井朋子 能楽師の家、友枝家 友枝家は加藤清正、続いて細川藩のお抱えの喜多流の能楽師の家として、16世紀から熊本で活動してきました。明治維新の後に祖父の友枝喜久夫が拠点を東京に移し、今に至ります。喜久夫の祖父にあたる三郎は、当時の喜多流のお家元であった十二世喜多六平太先生に教えを受け、十四世が7歳で跡を継ぐことになった際に流派の長老として指導にあたらせていただきました。それが後に大成され名人と言われた十四世喜多六平太先生です。その十四世が祖父の喜久夫に「君のお祖父さんから習ったものを、そっくりそのまま君にお渡しするよと」と稽古をつけてくださったと聞いています。こうして繋がれてきた芸を、現在は父の友枝昭世、私、息子の雄太郎で受け継いでいます。 『道成寺』2022年5月29日 国立能楽堂 自分の感性が開く瞬間 3歳の初舞台からずっと勤めてきましたが、初めは言われた通りに稽古をするばかりで、能の良さや素晴らしさを理解していたわけではありません。能楽の家に生まれていますから、やるべきこととしてやってきた中で、だんだんわかってきた、という感じでしょうか。 よく初心者の方から「能は難しそう」「敷居が高い」という声を聞きますが、最初からすべてを理解しようとしなくても良いのです。能には音楽性と身体表現と謡の3つの要素がありますが、その中から少しでも何かを感じながら観ていただき、だんだんだん興味を持って観ていくうちに、ある日、今までは感じられなかった部分を感じることができる瞬間がやってきます。 例えば、面(おもて)。木の塊から彫り出した能面だと思って観ていたのが、ある時、その表情が悲しく訴えてくるはずです。私自身もそうして、この道に引き込まれていきましたし、“自分の感性が開いていく瞬間”がわかるのも、能の楽しみだと思っています。 『山姥』2019年6月15日 十四世喜多六平太記念能楽堂 経験がもたらす感性の深み AIやインターネットが普及した現代では、さまざま情報を簡単に入手することが可能です。でも、能には見る方の想像の余地があります。説明されてわかる理解よりも、自分で観て、経験し、想像することでの理解や感性で得るものの方が深いことは間違いないと思うのです。 これは私の個人的な考えですが、今は共有し合う楽しみ方が主流の時代です。同じ映画を観て、ここが良かったねなどと感想を言い合うことで連帯することが多いですよね。しかし能は、自分という“個”と向き合う芸能。それぞれの方がご自身の人生経験とか嗜好とか、自分の中の色々な要素から引き出される思いと向き合い、感じ取る。能の鑑賞は、自分と対峙できる時間です。 おそらく昔の日本には、自分と向き合う機会が随所にあったのでしょう。能を含め、そんな自分との対峙が“我の強さ“でなく“個の強さ“を生み出していたように思います。 『兼平』2026年2月22日 十四世喜多六平太記念能楽堂 人の心を動かす舞台を さまざまなエンターテイメントの中から能に出会い、この空間この時間を選んでいただいた時に、また次も観たいと思っていただくために我々舞台人に何ができるかは日々考えています。まず何よりも、舞台から訴えるものがなくてはなりません。古典芸能は歴史の中で受け継がれてきた演目を演者がどういう風に演じるかが一つの見方でもあります。やはり名人……上手な方の舞台には訴えるものがあり、私自身も経験していますし、話もよく聞きます。それが能を楽しみ、深めていく一番の方法なのであれば、もう本当に演者の努力しかないと思っています。研鑽を積むしかありません。 あとは接点を増やすための発信や、これまでとは違う試みも必要ですね。喜多能楽堂で9月に開催する「五蘊会(ごうんかい)」では、上演の前に、東京大学名誉教授で能楽研究者の松岡心平先生にお話をしていただきます。上演する『松風』は700年近く伝えられてる演目ですので、その良さをかいつまんでお話しいただくことによって、ご覧になる方々の導きやヒントになればと思っています。 また、ロビーには10年近く私の舞台を撮影していただいている写真家の鍋島徳恭さんの作品を展示する予定です。舞台の緊張感を切り取った写真作品を通して、能の魅力を感じていただければ幸いです。 『石橋』2021年9月4日 十四世喜多六平太記念能楽堂 ストーリーよりも情緒を感じて 今回上演する『松風』は、在原行平と松風、村雨という姉妹の物語です。男女の恋と思いが描かれていますが、ストーリーで追おうとするとちょっと難しいところもありますし、そもそも、描かれるのは男女の死後の世界です。起承転結を理解するよりも、死後に残った思いが漂う秋の須磨の浦の風情を、舞台空間と言葉や音楽、装束、面などから感じていただければ良いのではないでしょうか。ある方が“能には動きはあるけれど、ある意味絵画を楽しむような見方が必要なのではないか”と、おっしゃったっことがありましたが、そんな気持ちでお出かけください。 先ほど申しましたが能は、ご覧いただく方にとってご自分と対峙する時間空間ですが、演じる者が生きていく過程を観ていただくところもあると思います。そのために、私自身も自分と向き合いながら舞台に立たせていただきます。 三十周年記念 五蘊会 (ごうんかい) 日時 2026年9月5日(土) 13時開演(12時開場) 会場 十四世喜多六平太記念能楽堂 演目 お話 松岡心平 狂言「茶壷」野村万蔵 能「松風」 シテ友枝雄人 ツレ佐藤寛泰 https://tomoeda-kai.com/schedule-noh/6996/
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