1914年 オーストリア フランツ・ヨーゼフ1世 1ダカット金貨
特徴 1914年、オーストリア=ハンガリー帝国で発行された1ダカット金貨は、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の晩年に発行された1枚です。在位年数68年を誇るフランツ・ヨーゼフ1世が亡くなる2年前に発行されたもので、公私にわたり数々の苦難を乗り越えてきた皇帝の最後を飾る金貨となりました。 この金貨が発行された1914年は、ヨーロッパ史の大きな転換点となった年です。サラエボ事件が勃発し、フランツ・ヨーゼフ1世の甥で後継者のフランツ・フェルディナンド大公が暗殺されました。 オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアへ宣戦布告。やがて各国が連鎖的に参戦し、第1次世界大戦へと突入していきます。650年以上にわたって続いたハプスブルク家の命運が揺らぎ始めた年に発行されたという意味で、歴史的にも非常に重みのある金貨です。 また1914年は、オーストリアにおける通常発行のダカット金貨が発行された末期にあたります。長きにわたりオーストリアの法定通貨として発行されてきたダカット金貨も、翌1915年をもって通常発行を終えました。コインの歴史においても、1914年銘は高い価値を持っています。 1ダカット金貨の表面にデザインされているのは、月桂冠を戴くフランツ・ヨーゼフ1世の威厳ある横顔。古代ローマ皇帝を思わせる堂々たる肖像からは、長きにわたり中欧を統治したハプスブルク家の矜持が感じ取れます。裏面にデザインされた双頭の鷲の紋章は、オーストリアとハンガリー王国を中心とした二重帝国の荘重さが伝わります。 帝国内の民族問題や家庭の悲劇を乗り越え、多民族国家の要であり続けたフランツ・ヨーゼフ1世。「不死鳥」と呼ばれた皇帝は、帝国の行く末を憂えながら、1916年に86歳で崩御しました。 1914年発行の1ダカット金貨は、フランツ・ヨーゼフ1世とともに終焉を迎えようとしていたハプスブルク家の最後を飾る、記念すべき1枚といえるでしょう。 概要 1914年に発行されたフランツ・ヨーゼフ1世の1ダカット金貨。その概要を解説します。 中部ヨーロッパに君臨したオーストリア帝国の多様性 1914年に発行されたオーストリア帝国の1ダカット金貨は、1872年から発行が開始されたコインです。フランツ・ヨーゼフ1世の治世の安定感を象徴するかのように、実に40年以上にわたって変わらぬ姿で発行されていました。 月桂冠を戴くフランツ・ヨーゼフ1世は、まるで広大な古代ローマ帝国を治めた皇帝のような姿です。それも当然で、当時のオーストリア帝国はドイツ人、ハンガリー人、チェコ人、ポーランド人、ルーマニア人などの多様な民族を統治下においていました。 ヨーロッパといえば「西」と「東」というイメージがありますが、ハプスブルク家がオーストリア帝国の君主であった時代、ヨーロッパには「中部」が存在していたのです。トルコとロシアに対して、700年近くものあいだ立ちはだかっていたのが、中欧の君主ハプスブルク家でした。 コインにデザインされた紋章を囲む「HUNGAR BOHEM GAL LOD ILL REX A A」という文字は、ハンガリーやボヘミア、ポーランドやウクライナを含めた地域など、広大な領地を治めていたことを示しています。 コインにデザインされた紋章の意味 1914年に発行された1ダカット金貨には、複雑な紋章が精緻に描かれています。 この紋章は、1867年以降によく使われたものです。ヨーロッパ各地の民主主義運動の影響を受け、ハンガリーでも独立の機運が高まりました。 フランツ・ヨーゼフ1世は、ハンガリー王国をオーストリア帝国と同等の独立国として認め、オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立を宣言。ハンガリー王として戴冠式まで行いました。 フランツ・ヨーゼフ1世の1ダカット金貨の紋章は、ボヘミア、ハンガリー、オーストリアを表す3部によって構成されています。当時、ボヘミア王国もオーストリア帝国の一部でしたが、中世以来の由緒ある王国を尊重した紋章になっています。 ハプスブルク家のシンボルともいえる双頭の鷲は、東西を見つめて統治することを意味しています。 「鷲」は、古代ローマ時代から権力の象徴でした。ヨーロッパの王侯貴族の多くが鷲を紋章に用いていました。ハプスブルクの双頭の鷲は、そのなかでも最も有名な紋章のひとつです。 歴史的背景 オーストリア帝国の1ダカット金貨が発行された1914年、歴史はどのように動いていたのでしょうか。当時の状況を解説します。 第1次世界大戦を引き起こしたサラエボ事件 1914年6月28日、サラエボに響いた一発の銃声が、第1次世界大戦を引き起こすことになりました。この事件には、フランツ・ヨーゼフ1世も関係しています。 なぜなら、サラエボの銃声に倒れたのは、フランツ・ヨーゼフ1世の甥で跡継ぎであった、フランツ・フェルディナンド大公だったからです。 当時、セルビアでは反ハプスブルクの運動が高まっていた時期です。フランツ・フェルディナンド大公自身は、オーストリア精神を第一とする急進的な考えの持ち主であったために起こった悲劇でした。 オーストリア帝国は、この暗殺にセルビアが関係していると確信し、宣戦布告しました。ロシアやイギリス、フランスも参戦したため、戦争はヨーロッパ各国を巻き込む世界大戦となってしまいました。 1914年に発行された1ダカット金貨は、20世紀のヨーロッパの歴史を見つめる証人ともいえます。 1914年当時のハプスブルク家 1914年当時のフランツ・ヨーゼフ1世は、さまざまな家庭の悲劇に見舞われながらも、真摯に皇帝としての責務を行っていました。 1889年、唯一の息子で跡継ぎであったルドルフが自殺。 1898年、最愛の妻エリーザベトがジュネーブで客死。 エリーザベトの死を知ったフランツ・ヨーゼフ1世は「この世ではあらゆるものが私から奪われていく」と悲嘆にくれました。 こうした事情に加え、跡継ぎとなった甥のフランツ・フェルディナンドは、フランツ・ヨーゼフ1世とは対立する姿勢をとり続けました。穏健主義によって無用な戦争を避けようとするフランツ・ヨーゼフ1世に対し、フランツ・フェルディナンド大公は急進的な思想を持ち続け、最終的にはサラエボの銃声に倒れました。 このコインが発行された2年後、国民に愛されたフランツ・ヨーゼフ1世は亡くなり、1918年にはオーストリア=ハンガリー二重帝国も崩壊します。 1914年の1ダカット金貨は、ハプスブルク家の最後の栄光であったフランツ・ヨーゼフ1世の輝きを、今に伝えています。
Variants (1)
- Default Title — 240000.00 JPY — In stock
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