筋肉組織から特定の筋線維だけを回収するには? Accuva CellectによるLCMと遺伝子発現解析
筋肉は、一見すると同じような細胞から構成されているように見えますが、実際には機能や神経支配の異なる複数の筋線維が存在しています。 例えば、眼球を動かす外眼筋と、腕や脚を動かす四肢筋では、筋線維の構成や遺伝子発現の特徴が異なります。 こうした違いを詳しく調べるには、筋肉全体を解析するだけでは十分ではありません。目的とする種類の筋線維を選択的に回収し、それぞれの遺伝子発現を解析することが重要です。 今回は、米国LAXCO社のアプリケーションノートをもとに、レーザーマイクロダイセクション(LCM)を利用して異なる筋線維集団を回収し、RT-PCRによって筋特異的遺伝子を解析した研究事例をご紹介します。 筋肉には異なる種類の筋線維が存在する 骨格筋は、複数の筋線維から構成されています。 一般的には速筋や遅筋という分類が知られていますが、今回の研究では、神経が筋線維にどのようにつながっているかという違いに注目しています。 研究対象となったのは、次の2種類の筋線維です。 SIF:単一神経支配筋線維 SIF(Singly Innervated Fiber)は、1本の筋線維に神経筋接合部が1か所存在するタイプです。 四肢筋の筋線維はこのタイプに分類され、外眼筋でも約80%を占めるとされています。 MIF:多重神経支配筋線維 MIF(Multiply Innervated Fiber)は、1本の筋線維に複数の神経筋接合部が存在するタイプです。 外眼筋では、約20%の筋線維がMIFに分類されると報告されています。 外眼筋にはSIFとMIFが混在しているため、筋肉全体からRNAを抽出すると、異なる筋線維集団の遺伝子発現情報が混ざってしまいます。 レーザーマイクロダイセクション(LCM)とは? レーザーマイクロダイセクション(Laser Capture Microdissection:LCM)は、顕微鏡で組織切片を観察しながら、目的の細胞や組織領域を選択的に回収する技術です。 筋肉研究では、特定の筋線維を形態や染色結果によって識別し、その筋線維だけを回収してRNA解析などに利用できます。 組織全体をまとめて解析する方法とは異なり、目的とする筋線維集団の分子情報を調べられることが特徴です。 実験方法①:2種類の染色で筋線維を識別 今回の研究では、筋線維の種類を見分けるために、2種類の染色方法を組み合わせています。 アセチルコリンエステラーゼ染色 アセチルコリンエステラーゼ染色は、神経筋接合部を確認するために使用されました。 SIFとMIFでは神経筋接合部の形態が異なるため、その違いを筋線維の識別に利用しています。 slow MyHC免疫蛍光染色 もう一つの方法が、slow MyHC(遅筋型ミオシン重鎖)に対する免疫蛍光染色です。 今回の外眼筋試料では、SIFはslow MyHC陰性、MIFはslow MyHC陽性という特徴がありました。 これらの染色結果を組み合わせることで、研究者は回収対象の筋線維を識別しました。 実験方法②:Accuva Cellectで目的の筋線維を回収 実験では、四肢筋と外眼筋を採取して凍結保存し、厚さ10 µmの組織切片を作製しました。 染色後、蛍光観察機能を備えたAccuva Cellectを使用して、目的の筋線維を回収しています。 LCMのレーザー照射サイズは7 µmに設定され、個々の筋線維を選択できる条件で実施されました。 回収後はキャップを顕微鏡で確認し、目的外の組織が混入していないかを調べています。 不要な組織が認められたキャップは使用しないなど、回収試料の選択性を重視した手順が採用されました。 実験方法③:RNAを抽出してRT-PCRで解析 筋線維を回収した後、種類ごとに約25本の筋線維をまとめ、RNAを抽出しました。 RNA抽出にはPicoPure RNA Isolation Kitが使用されています。 得られたRNAはRiboAmp RNA Amplification Kitで増幅され、通常300~600 ngの増幅RNA(aRNA)が得られました。 その後、cDNAを作製し、RT-PCRによって筋特異的遺伝子の発現を調べました。 解析対象には、以下の遺伝子が含まれています。 遺伝子 研究上の意味 slow MyHC 筋線維の収縮特性に関連するミオシン重鎖 アセチルコリン受容体εサブユニット 神経筋接合部に関連する分子 アセチルコリン受容体γサブユニット 神経筋接合部に関連する分子 GAPDH PCR解析における参照遺伝子 このように、LCMで回収した少量の筋線維から、複数の遺伝子を解析するワークフローが構築されました。 実験結果:筋線維の種類によって異なる遺伝子発現を確認 今回のアプリケーションノートでは、LCMによって特定の筋線維や筋線維集団を選択的に回収し、RT-PCRで筋特異的遺伝子を解析できたことが報告されています。 また、異なる筋線維集団の間で遺伝子発現パターンに違いが認められました。 この結果は、筋肉全体をまとめて解析するのではなく、筋線維の種類ごとに分けて解析することの有用性を示しています。 なお、アプリケーションノートには遺伝子ごとの詳細な発現倍率や統計解析結果は掲載されていないため、定量的な発現差については本記事では示していません。 RNA品質を守るための工夫 今回の研究で注目したいのは、免疫染色とRNA品質の両立です。 RNAは分解されやすく、染色や洗浄に時間をかけすぎると、解析に必要なRNAの品質が低下する可能性があります。 そこで研究者は、アセチルコリンエステラーゼ染色と免疫蛍光染色を組み合わせた迅速なプロトコルを採用しました。 スライドの解凍から脱水までの時間を32分に短縮し、RNA分解を抑える工夫を行っています。 また、RNaseによる汚染を防ぐため、実験器具や試薬の取り扱いにも注意が払われています。 LCMを用いたRNA解析では、装置による回収精度だけでなく、試料調製からRNA抽出までの工程全体が重要です。 筋疾患・神経筋研究への応用可能性 筋線維を選択的に回収する技術は、今回の外眼筋研究以外にも、さまざまな研究への応用が考えられます。 例えば、次のような分野です。 ・筋ジストロフィーなどの筋疾患研究 ・サルコペニアや筋萎縮に関する研究 ・神経筋接合部の機能研究 ・筋再生・組織修復研究 ・筋線維タイプ別の遺伝子発現解析 ・筋肉の代謝や分化に関する研究 ただし、これらはLCM技術の応用が考えられる研究分野であり、今回のアプリケーションノートで各疾患への適用が実証されたものではありません。 Accuva Cellectによる細胞・組織の選択的回収 米国LAXCO社のAccuva Cellectは、IRレーザーとUVレーザーを備えたレーザーマイクロダイセクションシステムです。 顕微鏡観察によって目的の細胞や組織領域を特定し、研究目的に応じて選択的に回収することができます。 蛍光観察に対応した構成も用意されており、蛍光標識によって識別した細胞や組織の回収にも利用できます。 今回の研究は、蛍光染色によって異なる筋線維集団を識別し、LCM回収後に遺伝子発現を解析するワークフローの実例です。 まとめ 今回の研究では、外眼筋と四肢筋に存在する筋線維を染色によって識別し、Accuva Cellectを用いて選択的に回収しました。 さらに、回収した筋線維からRNAを抽出し、RT-PCRによって筋特異的遺伝子の発現を解析しています。 この研究から、組織内に混在する異なる筋線維を分けて回収し、それぞれの分子特性を調べることができるというLCMの有用性が示されました。 Accuva Cellectは、筋肉研究をはじめ、病理学、神経科学、分子生物学などの研究において、目的細胞・組織の選択的回収を支援する装置です。 株式会社インミディアムでは、Accuva Cellectの製品仕様、新規導入、既存LCM装置からの更新についてご相談を承っています。 製品名:Accuva Cellect 製造元:LAXCO, Inc.(米国) 日本国内取扱い:株式会社インミディアム ホームページ:https://www.inmediam.com 参考資料 LAXCO, Inc. Laser Capture Microdissection of Muscle Fiber Populations and Expression Analysis by RT-PCR. Application Note #2. © 2024 LAXCO Inc. ※本記事はLAXCO社のアプリケーションノートをもとに作成しています。掲載した研究結果は当該実験条件で得られたものであり、すべての試料で同等の結果が得られることを保証するものではありません。 ※Accuva Cellectは研究用機器です。
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